都心のごちゃごちゃとしたビル街の、何気無い隙間に、その道は有る。
人一人がようやく通れる様な道を、抜ける。
すると、見える看板。
端の方に、籠に入れられた黒い蝶の図柄を描いた、古ぼけた木の板。
その真ん中に紅色で書かれたその文字が、薄暗い路地裏をより不気味にさせた。
「夢幻(ムゲン)」。
路地裏にひっそりと建つ、この小さな古めかしい店には、人々が救いを求めてや
って来る。
今日も又、狭い道を辿る人影ひとつ。
「…なるほど」
丁寧に揃えられたアンティーク家具と、大量の本が転々とした、店内。
その中を、一人の青年が革のソファーに座り、話を聞いていた。
その相手は、少年。
紺色のブレザーに、チェックのズボン。街中に溢れる、高校生そのものだ。
しかし、少年の顔には深いくまができ、その若さには釣り合わない程、生気が感
じられなかった。
「去年亡くなった彼女が、夜な夜な夢に現れる………ですか」
「はい………」
少年は、小さく頷いた。
「…おそらく、それは『夢憑き』でしょう。亡くなった彼女が、あなたに未練を
残している。その為、夢という形であなたに逢いに来る……、そうではないかと
」
青年はそう言うと、ソファーの後ろの本棚から一つのファイルを取り出した。
そして、その中から一枚の書類を取り出す。
「では、まず此方に依頼契約のサインをお願いします…と、その前に」
青年は胸元のポケットから万年筆を取り出し、キャップを外す。
そして、引受担当者の欄にペン先を走らせた。
『黒宮 紫水』と。
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