コツコツと、自分達の足音だけが響く。



明かりは二つ。どちらも懐中電灯だ。





「さて、ここだね」


2年1組組の教室で、前を歩いていた幸季が止まった。


「うん」


恭平が教室のドアを開け、先に入る。




「じゃ、僕は別だから」


と、幸季はまた階段に戻り始めた。


「は!?え、ちょっと幸季…!!」

「…何?」


顔だけ、声の方に向ける。



「べ、別ってどこ調べんのさ…。ここ調べないの?」

「おそらく、そこに手掛りが有る可能性は少ないよ。彼女は一年前に死んでる。 物理的なものはもちろん、残留思念や夢魔の痕跡さえ消えててもおかしくはない 」

「でも、ここで西野は夢魔を纏いながら泣いてた…」

「じゃあ、君に任せるよ。僕は僕の目的を果たすから」


そう言うと、またすたすたと階段に向かう。




「ま!待ってよ幸季…!……一緒に調べません、か?二人で調べた方が、効率良 いと思うのです……よ!」


恭平は、教室のドアにしがみついて半泣き状態だ。




そんな恭平に、幸季はまたくすくすと笑う。


「正直に怖いって言えばいいのに」
と、足を戻し、教室に入る。


「…あぁ怖いですよっ!幸季は怖くないの、こんな不気味で何か出そうなところ ……」


「僕は見えもしない、居るかどうかも分からない存在より、目に見える人間の方 がよっぽど怖いよ」



ぼんやりとした明かりで照らされた彼を、恭平は振り替える。




その顔から、さっきまでの笑みが消えているように見えた。








***************








「…無い」


「最初から言ってたよね、僕が」




結局、教室の隅々を探しても、何の手掛りも無かった。




「怖がりの始くんのせいで、僕の三十分が無駄になったよ」

「…すいませんねっ、付合わせて!」


パンパンと右手でズボンのほこりをはたき落とす。そして、幸季に向き直った。


「幸季の目的は何?俺も手伝うよ、付合わせた代わりに」

「そう、助かるよ。まぁ、始めから協力してもらうつもりだったけどね」


くすくすと笑みを残し、また早々と教室を出て行く。




「…俺の意思関係無しかよっ」


納得いかない感情を押さえ、階段を上り始めた幸季を追って教室を出た。





と、その時だった。




「………っ」




頭部に、いつかと似た軽い痛みが走った。


と同時に、微かに声が聞こえてくる。




『………な…、………ば……』



弱々しく、どこか泣いているような、声。



『…ぁの……も、……死ねば……』



恐怖と共に自然と耳をすませて聞くうちに、段々と鮮明になる。





「始くん?」


階段から呼び掛ける幸季の声と重なる。


「この声は…」





『あの女も、死ねばいい』





「!!!」


びくっと肩がはねる。

同時に、ぷつりと頭痛と声が途切れた。


辺りを見回しても、幸季以外の人影は見えない。




「どうしたのさ」


しびれをきらした幸季が、階段から降りて来る。




「声…声がした……」

「声?」


「……間違いない。あれは…西野の声だ」


恭平は、教室を振り替える。


「…きっと、あの泣いてた日の……」


「…なるほどね」

「え?」


幸季は、少し楽しそうに笑う。



「紫水さんの言う通りだ。…君は普通の夢操師じゃない」


「…は?」



――――――――――普通の夢操師じゃない…?




「君の存在を紫水さんが見つけた時、言ってたんだよ。君は、特別だと。…意味 は分からないけど、少なくとも今の声は僕には聞こえなかった」


「………」



また、分からないことが恭平の心に積もる。




「…とにかく、今はそのことで悩んでるヒマはないよ。さぁ、行こう」





――――――――――俺が、特別…?




恭平は浮かない顔で、また幸季の背中を追った。








「…で、幸季は三階に何の用なの?」



募る疑問をふり払うように、先を行く背中へ、恭平は問い掛けた。




「ここだよ、用があるのは」


辿り着いた先は、3年2組の教室。




「ここ、俺らの教室じゃん」

「そうだよ」

「いつも来てるのに異変なんて…っておーい!」


恭平の言葉を遮って、幸季は教室に入って行く。恭平は慌ててそれに続いた。




幸季は、迷わず一つの席を目指した。


ちょうど、真ん中にあたる席だ。


「ここ…西野の席だ」

「普段じゃ、みんなの目があって調べられないからね。始くん、さっきのような 声が聞こえるとか、ある?」


言われて、恭平は耳をすましてみる。

が、何も聞こえる気配はない。


「ううん」

「そう。…じゃあ、中を確かめようか」


言うと、幸季は椅子を引き、机の中の物を机上へと出していった。




教科書、ノート、ルーズリーフ、そして乱暴にに押し込まれたと思われるしわだ らけのプリントの束。


特に、それらに変わりは無いように見える。


二人は、それらを手に取って眺める。


「…」




恭平が教科書をパラパラと眺めていると、幸季がノートを集め始めた。


「どうしたの?」

「ちょっと、照らしてもらえる?」


傍らに懐中電灯を置き、机に広げた数冊のノートを確認する。それを、恭平は照 らしながら、眺める。



「何これ…ほとんどなぐり書きだ」

「全て2週間前頃の板書以降、このなぐり書きになってる。君が言ってた、西野 くんの様子が変わり始めた時期に当てはまるね」




「…ん?」


文面をよく眺めると、ほぼ読み取れない文字から、何とか読み取れる文を見つけ た。


「あの女も、死ねばいい…」





『あの女も、死ねばいい』





「っ…!」

「始くん?」


また、恭平に頭痛が襲う。


それと共に、同じ言葉が何度も何度も呪文のように囁かれた。




「また…また同じ声がする……」


『あの女も、死ねばいい』


「何て言ってる…!?」





「あの女も…死ねばいい」




その言葉を口にした瞬間だった。





突然、脳裏に知らない情景が映し出される。





―――――――写真が、燃えてる…。




パチパチと、際から炎が写真を舐め尽くす。


そこに映る顔は、二人。





―――――――右は西野…左は……





「始くん!」


肩を激しく揺らされて、恭平は我にかえった。


また頭痛と声は止んでいた。




「………何で……」

「え?」





脳裏に焼き付く、写真。








「何で、優子センパイなんだ…」








燃やされていく写真の中の二人は、笑っていた。





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