彼はつくづく嘘の下手な人間だ。


良く言えば素直。悪く言えば、バカ正直とでも言うべきか。




出会ってから一週間弱、高橋幸季は、始恭平の性格の大半を理解することができた。





『何で優子センパイなんだ…』





あの夜、そう呟いた後は一貫して黙秘。幸季には、大体が察せているのだが。





「え、恭平くんならさっき具合が悪いからって早退したけど…知らなかった?」




突然学校も抜け出した意味も、大体想像がつく。





「西野優子…か」


授業の合間の休み時間、幸季は携帯を手に廊下へと向かった。








***************








彼らに、伝えたくはない。


何故か、そう思わずにいられなかった。





恭平は、静かな住宅街に自転車を走らせていた。平日の昼前とあって、人通りも少なく、車もまばらだ。



辿るのは、先日も通った道。

その先に在るのは、西野家だ。





昨日見えた『もの』。

そこに在る紙に写る『もの』。




そもそも、何故それが見えたのかさえも分からない。だが、その究明より先に、彼ら―――――夢幻の人々に感付かれる前に、止められる前に、恭平は動かなければならなかった。


いや、自然と動いていた。





垣間見た写真に写る、姉弟。彼らの笑みは、炎に舐め尽くされようとしていた。




―――――ならば、その火種は?




写真に写る彼女は、何かを知っている。迷いは無かった。





―――――そういえば、あれは…夢を見ていたようだった。





いっそ夢であったら、良いのに。


そんな想いと共に黒い蝶が浮かんできて、恭平は少し身震いをした。しかし、それは冷たい向かい風のせいにすることにした。








「いらっしゃい、恭平くん。今日はどうしたの?学校は?」




優子が、先日のように出迎えた。



「優子センパイ…お話があるんです」


「…学校を休んでまで話したい事なの?何かしら」


「そういう優子センパイも…今日も大学、行かないんですね」



少しの沈黙。そして、玄関は大きく開かれた。



「…どうぞ?ちょうど私も、話そびれたことがあったのよ」





もう、迷いは無かった。


激しく頭部を揺らす痛みが、答えだった。








***************








「西野将の姉、優子。昨年高校を卒業、現在私立大学1年。高校在学時、相川真紀と言い争う場面を多々目撃される…」


「やはり、彼女でしたか」





資料を眺める龍之介を尻目に、紫水は紅茶を少し含む。





「…あいつが知ったら、どう思うだろう」


「…怒るでしょうね」


「だったら何で?」





資料から目を離す。そこに赤字で小さく記された、文字。





『要注意、厳重監視ノ上確認ノ事』





全ては、彼の掌の上だった。
そう思っていた。





「ただ、彼自身に自らが持つ能力を認めてほしかった…それだけです。しかし、何やらそれとは別に不可解な『もの』が動き始めている…」





と、テーブルの上の電話が鳴った。紫水は受話器に手を伸ばし、取り上げる。


「はい。あぁ幸季くんですか」




しばらくして、紫水は静かに受話器を置いた。





「…良くない天気です。龍、彼らを迎えに。場所は、分かってますね?」


「……相変わらず急だ」


そう言うと、踵を返し急ぎ支度に向かった。




空は、厚い雲が覆っていた。








***************








「単刀直入に聞きます。…優子センパイ、西野が倒れたことについて、何か知ってるんじゃないですか?」





リビングに通されるなり、恭平は質問を投げ掛けた。


頭痛が限界にきている。時間は、かけていられない。


優子は、投げ掛けられた質問もそのままにリビングをうろうろとしている。





笑って、いた。




「…恭平くん、変わらないわね」


「真面目に聞いてるんです…!」





また、笑っていた。



「いつも人の為に、何かをしてくれる…良い人ね。今も、将の為に色々調べ回ってくれてるんでしょう?『あの連中と』」





刹那。


恭平は、床に崩れた。





痛い痛い痛い………



頭蓋を突き抜け、脳を揺さぶられているようだった。

あまりの頭痛にまともに立ってもいられない。



「『夢操師』なんて、ただ闇雲に夢を引っ掻き回す愚かな人達よ」



と、突然ぽとりと床の恭平の前に何かが落ちる。


ぐしゃぐしゃ丸められた、紙。先日紫水に言われ、西野の部屋に張り付けていった『夢魔除け』の札のようなものだった。





「『あの方』への冒涜は許さない。いえ、許されない許されない許されない…」



再び、恭平は頭を鈍器で殴られたような痛みに、崩れた。





霧、霧、霧…黒い、霧。





「さぁ……新たな『選ばれし贄』を捕まえないと」



黒い霧と共に、床に崩れる恭平を見下ろし…ニタリと笑った。

手にはいつの間にか、先日見た鳥籠が有った。





知らない。

こんな顔をする人物を、恭平は知らない。





その笑みが近付く。


氷の様に冷たい指が、恭平の首に絡み付く。


「なっ、なん…で……!」



痛い痛い痛い!…苦しい痛い痛い……!


霧が恭平を包み、更に頭蓋と脳を犯す。


ギリギリと、皮膚に氷が食い込む。



「『あの方』は言った………『選ばれし贄』の身を以て、私の失敗は償われる。私の『次の』選ばれし贄は……」


ぐっと指に力が込められた。





「始、恭平」





遠ざかる意識の中、囁かれた自分の名だけが鮮明だった。





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