彼はつくづく嘘の下手な人間だ。
良く言えば素直。悪く言えば、バカ正直とでも言うべきか。
出会ってから一週間弱、高橋幸季は、始恭平の性格の大半を理解することができた。
『何で優子センパイなんだ…』
あの夜、そう呟いた後は一貫して黙秘。幸季には、大体が察せているのだが。
「え、恭平くんならさっき具合が悪いからって早退したけど…知らなかった?」
突然学校も抜け出した意味も、大体想像がつく。
「西野優子…か」
授業の合間の休み時間、幸季は携帯を手に廊下へと向かった。
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彼らに、伝えたくはない。
何故か、そう思わずにいられなかった。
恭平は、静かな住宅街に自転車を走らせていた。平日の昼前とあって、人通りも少なく、車もまばらだ。
辿るのは、先日も通った道。
その先に在るのは、西野家だ。
昨日見えた『もの』。
そこに在る紙に写る『もの』。
そもそも、何故それが見えたのかさえも分からない。だが、その究明より先に、彼ら―――――夢幻の人々に感付かれる前に、止められる前に、恭平は動かなければならなかった。
いや、自然と動いていた。
垣間見た写真に写る、姉弟。彼らの笑みは、炎に舐め尽くされようとしていた。
―――――ならば、その火種は?
写真に写る彼女は、何かを知っている。迷いは無かった。
―――――そういえば、あれは…夢を見ていたようだった。
いっそ夢であったら、良いのに。
そんな想いと共に黒い蝶が浮かんできて、恭平は少し身震いをした。しかし、それは冷たい向かい風のせいにすることにした。
「いらっしゃい、恭平くん。今日はどうしたの?学校は?」
優子が、先日のように出迎えた。
「優子センパイ…お話があるんです」
「…学校を休んでまで話したい事なの?何かしら」
「そういう優子センパイも…今日も大学、行かないんですね」
少しの沈黙。そして、玄関は大きく開かれた。
「…どうぞ?ちょうど私も、話そびれたことがあったのよ」
もう、迷いは無かった。
激しく頭部を揺らす痛みが、答えだった。
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「西野将の姉、優子。昨年高校を卒業、現在私立大学1年。高校在学時、相川真紀と言い争う場面を多々目撃される…」
「やはり、彼女でしたか」
資料を眺める龍之介を尻目に、紫水は紅茶を少し含む。
「…あいつが知ったら、どう思うだろう」
「…怒るでしょうね」
「だったら何で?」
資料から目を離す。そこに赤字で小さく記された、文字。
『要注意、厳重監視ノ上確認ノ事』
全ては、彼の掌の上だった。
そう思っていた。
「ただ、彼自身に自らが持つ能力を認めてほしかった…それだけです。しかし、何やらそれとは別に不可解な『もの』が動き始めている…」
と、テーブルの上の電話が鳴った。紫水は受話器に手を伸ばし、取り上げる。
「はい。あぁ幸季くんですか」
しばらくして、紫水は静かに受話器を置いた。
「…良くない天気です。龍、彼らを迎えに。場所は、分かってますね?」
「……相変わらず急だ」
そう言うと、踵を返し急ぎ支度に向かった。
空は、厚い雲が覆っていた。
***************
「単刀直入に聞きます。…優子センパイ、西野が倒れたことについて、何か知ってるんじゃないですか?」
リビングに通されるなり、恭平は質問を投げ掛けた。
頭痛が限界にきている。時間は、かけていられない。
優子は、投げ掛けられた質問もそのままにリビングをうろうろとしている。
笑って、いた。
「…恭平くん、変わらないわね」
「真面目に聞いてるんです…!」
また、笑っていた。
「いつも人の為に、何かをしてくれる…良い人ね。今も、将の為に色々調べ回ってくれてるんでしょう?『あの連中と』」
刹那。
恭平は、床に崩れた。
痛い痛い痛い………
頭蓋を突き抜け、脳を揺さぶられているようだった。
あまりの頭痛にまともに立ってもいられない。
「『夢操師』なんて、ただ闇雲に夢を引っ掻き回す愚かな人達よ」
と、突然ぽとりと床の恭平の前に何かが落ちる。
ぐしゃぐしゃ丸められた、紙。先日紫水に言われ、西野の部屋に張り付けていった『夢魔除け』の札のようなものだった。
「『あの方』への冒涜は許さない。いえ、許されない許されない許されない…」
再び、恭平は頭を鈍器で殴られたような痛みに、崩れた。
霧、霧、霧…黒い、霧。
「さぁ……新たな『選ばれし贄』を捕まえないと」
黒い霧と共に、床に崩れる恭平を見下ろし…ニタリと笑った。
手にはいつの間にか、先日見た鳥籠が有った。
知らない。
こんな顔をする人物を、恭平は知らない。
その笑みが近付く。
氷の様に冷たい指が、恭平の首に絡み付く。
「なっ、なん…で……!」
痛い痛い痛い!…苦しい痛い痛い……!
霧が恭平を包み、更に頭蓋と脳を犯す。
ギリギリと、皮膚に氷が食い込む。
「『あの方』は言った………『選ばれし贄』の身を以て、私の失敗は償われる。私の『次の』選ばれし贄は……」
ぐっと指に力が込められた。
「始、恭平」
遠ざかる意識の中、囁かれた自分の名だけが鮮明だった。
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