「『贄』『贄』…」


先程から、優子には恭平しか見えていない。

その前に立ちはだかる龍之介と、幸季には目もくれず恭平を求めている。


幸季が優子自身に向かって弾丸を放つ。

だが、幾分歩を止めただけだ。歩みは止めない。


その度に、恭平は顔を背ける。



前の二人には見えていないのか。

銃弾で貫かれる度に散る、赤いものが。下を見ればあんなにも滴って、池を作っ ているのに。



何故か、頬に涙が、零れた。



「…狭すぎる。広いところがいい」

龍之介が恭平に、扉を開けるよう促す。





―――――聞こえる…優子センパイの声が、聞こえる。


『どうして、どうしてあの女が?』


『嫌だ嫌だ痛い痛い嫌だ…』


『償います。だから、私も…私も貴方の『使徒』に……』


『誰か…たすけ……て……』





少しおいた間を埋めるように、恭平は慌てて近くのドアノブにしがみついた。





―――――センパイは………救いを求めているんだ。





勢いよくドアノブを引く。


そこに、やっと望む景色が姿を現した。


「西野の部屋だ!」


三人は転がり込むように、部屋へと入る。

それを追い、黒い霧と共に優子が迫る。


銃声が響く。

刃が閃く。

段々と、霧が薄くなっている気がした。


それと共に、赤い池が広がって、優子が苦痛に顔を歪ませていた。



何故?何故彼等には見えない…?



「優子センパイ…!」


駆け出していた。



二人の間をすり抜け、優子の前へと躍り出る。





「始くん!」


霧が恭平を飲み込む。


「バカ…!!」


薄まり始めた霧が、瞬時にそこに集まる。厚い壁のように阻み、刃も銃弾も届か ない。





―――――だってさ…彼女は、救われたいんだよ。どうして彼女が傷付かなくち ゃいけないんだ?


全て、あの『黒いもの』のせいなのに………さ……





また、何かが恭平に語りかけてきた。



『私が…私が使徒に……』





―――――あぁ…そうか……三人は……


刹那、光が見えた。





「…あいつ……何かしたんだ」

龍之介は『籠』を出す。



「霧が…夢魔が、散っていく……」


『籠』の蓋を開け、ゆっくりと散り始めた霧にかざす。


「現に堕つりし、夢は帰す!」


言葉を合図に、霧が『籠』へと吸い込まれていく。

全てを飲み込んだ後、蓋を閉め、錠に鍵を掛けた。


そして、その鍵を手の中で握る。

簡単に砕かれた鍵だったものが、さらさらと床に、堕ちた。


優子がその場に身を崩す。





―――――そうだったのか…優子センパイ。





散り際の黒い霧が見せた『真実』を、恭平はしっかりと記憶に刻んだ。





そして、意識を手放した。





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