紫水に連れられ、恭平は病院へと向かっている。
西野家で意識を失くした後、恭平は龍之介らによって急ぎ夢幻へと運ばれたらしい。優子は、西野と同じ病院へと搬送された。
恭平が目覚めたのは、一夜明けた遅い朝であった。
そして、あの黒い霧に包まれた時に見た『真実』を、恭平は紫水に全て話した。
「…そうですか。では、お疲れのところ悪いですが、君にはまだ仕事をしてもら
わなければなりませんね。それに、私は『最後』に必ず依頼人に会わなくてはな
らないんです」
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西野は順調に意識を取り戻し、まだ十分に床から上がれる状態ではないものの、
面会には何も支障はないとのことだった。
「恭平…」
「久しぶり、西野」
西野が少し嬉しそうに顔を綻ばせる。
「貴方は…」
「…初めまして。黒宮といいます」
「…俺が今お世話になってる人なんだ」
紫水に向けられた西野の目は、少し訝しげに見えた。
どうやら『夢幻』での依頼については、『現』の西野の記憶には無いらしい。
見舞いにと持って来た花を飾る。
紫水が勧められた手近の椅子に腰掛けると、西野がぽつりと呟いた。
「…夢を、見ていた」
「…それは、どんな?」
紫水の傍らで、恭平がそのやりとりを見守る。
「真紀が来るんだ…。そして、いつもこう囁いて去ってく。………『使徒に選ば
れたのは、私だ』と」
突如、黒い霧が吹き出した。
「!し、紫水さ…!!」
「俺がなるはずだった…『あの人の使徒』に……。『あの人』が声をかけてくれ
たのは、俺が一番先だったんだ。真紀も!姉貴も!挙って狙い始めた!耐えられ
なかった!」
霧が濃くなる。だが、紫水は動じない。
『あの人は選ばれし贄を差し出せば、真紀と同じ使徒にしてくれるって言ってた
』
『そう…私も、あの方はそう言ってくれたのよ』
『あんたが選ばれし贄だ』
『あなたが選ばれし贄よ』
「俺は…姉貴に敵わなかった。姉貴は、予想以上に夢魔を呼び込んでいたんだ。でも、姉貴は俺を殺すことが出来ず『夢』を籠に封じただけだった。ハハハざまーみろ!!俺は逃げ出してやった!!まだ俺は『使徒』になれる…『あの女も死ねばいい』…ただし『贄』としてな!」
黒い霧が立ち込める異様な病室に、悲鳴のように狂った笑い声が響く。
―――――あぁ今ここも…『夢が堕ちている』。
「…恭平くん、あの霧に手をかざしてみなさい」
「…え!?」
かざす間もなく、今にも絡み付いてきそうな、黒い霧。
―――――それに手をかざす…?
「そして、強く思いなさい。『黒が白に染まる情景』を」
―――――黒が、白に…?
「更に『あの人』は俺にチャンスをくれた!!新たな『選ばれし贄』眠れる夢環
者、始恭平を!!早く『贄』を!死ねよ恭平早く早く『贄』『贄』ハハハハハハ
ハ!!!」
西野は、何時かの教室と同じ様に、涙を流していた。
―――――西野は、三人の誰より先に救いを求めたんだ…紫水さんに。
手を、かざした。
黒い霧が絡み付く。
やはり頭痛もする。
声も響く。
相川真紀、西野優子、西野将…三人の『真実』が、再び黒い霧からもたらされる
。
―――――黒が白に…黒が、黒が白に……!
呪文のように、強く強く繰り返した。
ふと、頭痛が薄れていく。
恭平は、恐る恐る固く閉じていた瞼を上げる。
「白い、蝶………」
かざした手に、真白い蝶が静かに止まっていた。
周りの黒い霧が次々と、真白い蝶となって晴れていく。
「西野君…最後に『あの人』に伝えて下さい。『眠れる夢環者は、目覚めた』と
」
そう言うと、紫水は西野の眼前へ掌をかざす。
びくっと痙攣したように身を震わせた後、西野は瞼を閉じた。
「紫水さん、何を…」
「心配しないで下さい。今までの『夢魔に関する記憶』を抜き取っただけです。
眠りから目覚めた時には………全て、『只の夢』になっていることでしょう」
言うと、紫水は立ち上がり椅子を正した。
「さてと、西野優子さんの病室も案内して下さい恭平くん。彼女の『記憶』を抜
いたら、今回の任務は終了です」
ふっと、恭平に笑みを向けた。
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