「ねぇねぇ、恭ちゃんっ」
昼休み終了五分前を知らせるチャイムが、廊下にも鳴り響いていた。
「ぇ、あ、那美……何?」
呼び止められた少年、始 恭平は、自分のクラスへ入りかけた状態で振り返った。
「あのさ、西野くん…どうしたんだろうね……?ぱったり学校来なくなっちゃっ
たし……」
「うーん、よく分かんないけど…調子悪そうだったのは確かだよ」
恭平は、少し考えてからそう言った。
一週間前のことではあったが、あの日の彼の様子は鮮明に覚えていた。
「でも大変だね、マネージャーって。メンバー全員のこと気にかけてくれたりさ
…。俺なんか、部長なんて名前だけだよ」
「ふふ、私バスケ部のお母さんなの!ほら恭平っ、しっかりしなさい!」
そう言うと、那美は持っていた教科書で、恭平の頭を叩くふりをした。
二人がそんなやり取りを交していると、無情にもチャイムが昼休み終了を告げた
。
「わ、じゃあ何か分かったら教えてね!」
「うん、じゃまた部活で!」
急いで恭平が教室に入ると、チャイムの余韻だけが響いていた。
西野 将。
恭平と同じ3年2組であり、同じバスケ部である。
そのせいか、恭平は彼と多く交流を持っていた。
その彼の様子がおかしく見えたのは、大体2週間前のことだ。
彼は休み時間の度に、ふらふらと教室を出るようになった。
聞けば、彼は2年生の教室が有る2階を、ただ同じ様にふらふらと歩いていたの
だという。
それは、毎日続いた。
最初は笑いながら噂をしていた人々も、段々と気味が悪そうに彼を避けた。
そして、一週間前。
放課後、部活に姿を見せない彼を、心配した恭平は迎えに行くことにした。
何処に居るのかは、簡単に予想がつく。
恭平が2階へと階段を上がり、ふと、近くの2年1組を覗いた時だった。
そこには、窓際の一番前の席にすがりついて泣いている、西野の姿が有ったのだ
。
恭平は、はっきりと覚えている。
その時、彼の周りには真っ黒い煙の様なものが、漂っていたことを。
***************
恭平は、学校から然程遠くないアパートに、一人で住んでいた。
丁度7歳の春だった。
恭平の両親は、交通事故でこの世を去った。
それからというもの、恭平は、不思議な夢を見る様になったのだ。
全く、現実と変わらない、夢。
引き取られるまで、顔も知らなかった、叔父と叔母。
小学校の教室。
近くの、パンダの遊具がある公園。
何もかも現実と同じ世界が、恭平の夢の中に有った。
ただ一つ違ったのは、その世界に始 恭平という人間が、存在していないことだっ
た。
しかし、歳を重ねる毎に、その夢も段々と見なくなった。
叔父達の元を離れ高校に入学した時には、その夢の存在などすっかり恭平の
頭には無かった。
それなのに、恭平はまたあの夢を見た。
丁度、西野が休み始めた日の夜だった。
恭平の居ない、何もかも同じ世界が、またそこに有った。
恭平には、何となく分かっていた。
西野を取り巻いていた、あの黒い煙のせいだろう、と。
今にして思えば、この夢は何か意味の有るものだったのかもしれない。
恭平は、朝の身支度をしながら、そんなことを考えていた。
そして、夢と現実の区別が付かなくなりそうな感覚に、少し不安を覚えた。
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