「こんにちは。…お待ちしてましたよ、始恭平くん」





恭平が店内へ入ると、奥のソファーに座っていた青年が、立ち上がって恭平を迎 えた。




「この夢幻の店主を務めさせて頂いております、黒宮紫水、と申します。どうぞ 、よろしく」


「ど、どうも…」



差し延べられた右手を、恭平は同じ様に右手を差し出し、握った。





「…恭平くん。詳しい事情も分からず、大変混乱しているかとは思います。です が、是非とも君の協力を仰ぎたいのですよ……」




手を放すと、紫水は先程とは違う、近くのソファーへと座った。





「どうぞ、お座り下さい。…何故君をここへ呼んだのか、私から説明させて頂き ますよ」


紫水がそう言うと、幸季は奥の階段へと向かった。



恭平は少し不安を覚えたが、とりあえずは紫水の話を聞くことにした。








「まずは、私達の存在についてお話ししましょう」





紫水は、向かい合わせに座った恭平を見つめる。



「この業界では、私達のことを夢を操りし者、"夢操師(ムソウシ)"と呼びます。 …率直に申し上げると、恭平くん。君も夢操師なのですよ」





「ぇ、えぇ…?」




恭平は困惑の表情を浮かべた。





「人は、元より誰でも夢操師になる素質を持っています。夢を見る、という行為 自体、私達の力の源ですからね。………我々は、その夢を自他問わず特異的に操 り、影響を与えることが出来る数少ない人間なのです」


「で、でも俺そんなこと出来ないですよ…」


「出来ない、ではなく、やり方を知らないだけ。…君は生まれつきの夢操師では なく、精神に強い衝撃を受けたため、潜在能力が開花した、後付けの夢操師です からね。……まぁ、ほとんどの夢操師はそうやって生まれます」





信じられないといった顔を浮かべる恭平に構わず、紫水は話を続けた。


「そしてこの"夢幻"という店は、言わば"夢の救済"を行っている、夢操師の集い です。」



言うと、紫水は立ち上がり部屋の奥から銀色の鳥籠を持って来た。





「蝶…?」



恭平が目の前の机に置かれた籠を見ると、中には黒い蝶が数匹、バタバタと羽を 動かしながら納まっている。



「これが人々の夢を犯す汚れ、"夢魔"の化身です。我々は、この夢魔を捕まえる ことを目的としています」


「じゃあ………西野の夢にも、こいつが……」


恭平は、西野の周りに取り巻く黒い煙を思い出していた。



「…はい。そういえば、彼は君の友人でしたね……。」


紫水は、少し顔を曇らせた。



「彼は、一週間前ここに救いを求めに来た時から危うい状態でした。…随分と夢 を汚され、酷くやつれていました」


「西野、ここに来たんですか…」


「正確に言えば、彼の"夢"がね。汚され始めた夢は、無意識に救いを求めます。 そんな夢を、この"空間"が呼び寄せるのですよ」


恭平は身を震わせた。



「な、何なんですかその"空間"って………。まさか……あの世?」


「まぁ、当たらずとも遠からず、ですね。此処は簡単に言うと、夢と現実が入り 混じった空間です。こういった場所を、"夢堕つる現の彼方"と呼ぶんですよ」


恭平は、辺りを見回した。



言われてみれば、ちょっと現実離れしているように見えるから現金なものだ。





「ふふ、大丈夫ですよ。害は有りませんから」


「そ、そうですか…」





恭平が不安そうにうつ向いていると、奥の階段を降りる音が響いた。



幸季かと思い恭平が顔を上げると、黒髪が混じった金髪の青年の姿だった。





「…そいつか?」


青年は、恭平を見据えて言った。




「はい、彼が始恭平くんです。恭平くん、紹介しますね。夢幻の一員、佐伯龍之 介です。」


「よ、よろしくお願いします」


恭平が慌てて立ち上がり会釈をすると、龍之介は小さく頷く。





そうしているうちに、着替えを済ませた幸季が階段を鳴らし降りてきた。





「さて、揃いましたね。改めまして、私達が夢の救済人"夢幻"です」




言うと、紫水は立ち上がり、恭平に会釈をした。








Back* Top* Next...