今日は、土曜日。
恭平は、近辺では一大きい市立病院を訪れていた。
とりあえず昨日、今は紫水達に力を貸すことに了承した。
自分の存在うんぬんよりも、今は西野を助けること。
それを優先しようと、恭平は決めていた。
受付に向かうと、係員が恭平に気が付き、軽く挨拶をした。
「どうも…。あの、西野将くんのお見舞いに来たんですけど」
「少々お待ちください」
言うと、係員は傍らのパソコンを操作し始めた。西野の名前を検索しているのだろう。
「お待たせ致しました。西野将様は、只今ご家族以外は面会謝絶となっておりますが…」
「ぇ、あ…じゃあまた日を改めて来ます。ありがとうございました」
軽く会釈をして受付を去ると、恭平は急いで病院を出た。
次に向かうのは、西野の家。病院から然程遠くはない。
恭平は、ゆっくりと自転車をこぎ始めた。
***************
「あら、恭平くん…!いらっしゃい」
西野の家を訪ねると、彼の姉が恭平を迎えた。
西野とは2つ違いの姉、優子。
恭平が高校に入学した当時、3年生の彼女がバスケ部のマネージャーだった。
そのせいか、恭平は幾度とこの家を訪れていた。
「優子センパイ、突然すいません」
恭平が礼をすると、優子は少し困った表情を浮かべた。
「ううん、別にいいけど…どうしたの?将のこと、聞いてなかった?」
「いえ…知ってます、西野が今病院にいることは。……そのことで、ちょっと聞きたいことがあって……」
「…分かった。今恭平くんバスケ部の部長だもんね。部員の状態把握もお仕事のうち、ってことか。立ち話もなんだから、中入って?」
優子はドアを大きく開け、恭平を中へと促した。
「あ、すいません…お邪魔します」
その優子の横をすり抜け、恭平は玄関へと足を踏み入れた。
その時だった。
「ぃっつ…」
頭部に、鈍い痛みが走った。
恭平は思わず壁に手をつく。
「恭平くん、どうしたの?」
ドアを閉めながら、優子は少し様子の変わった恭平に問いかけた。
「あ、何でもないです。あはは、ちょっとよろけちゃって」
恭平は慌てて笑顔を繕い、靴を脱ぎ揃えた。
頭が、重い。
先程の痛みは消えたが、まだ違和感は消えずにいた。
何か様子がおかしいことを、恭平は感じていた。
「恭平くん、どうぞ?」
気が付くと、優子が近くのドアを開けて待っていた。
「あ、はいっ」
恭平は用意されたスリッパを履き、同じ様に中へ入った。
「そこ、座ってていいよ」
リビングのソファーに促すと、優子はキッチンへと向かって行った。
ソファーに座ると、恭平は重い頭を上げ、辺りを見回した。
数ヶ月ぶりに訪れた家だったが、前と大きく変わった様子は見られない。
しいて言うなら、部屋の角に置かれた、鳥籠くらいだった。
恭平は立ち上がり、その鳥籠へ向かった。
銀色の、上部が丸く曲線を描いた、円筒状のしゃれた鳥籠。
それは、恭平に夢幻で見た"夢魔"の入った鳥籠を思い出させた。
しかしこの鳥籠には、何の生き物も入っていない。
「お茶入ったよー?」
「あ、はいっ!ありがとうございます」
優子の声に、恭平は鳥籠から目を離した。
「…あの鳥籠、インテリアですか?」
恭平は、ソファーに座りながら優子に問いかけた。
「え?あ、あれねー。この前逃げられちゃったの。飛んで行っちゃったんだ。まぁ、もう探す気も無いからそのままにしちゃってるの」
「へぇー…あ、いただきます」
恭平はテーブルに置かれたカップを手に取り、紅茶をすする。
「で、聞きたいことって?」
「あ、そうだそうだ…」
恭平はカップをソーサーに戻し、優子を見据えた。
「西野、昨日家で倒れたんですよね?…その時の様子、教えてほしいんです」
「なら、丁度よかった。その時側にいたの、私だったの。両親は仕事だったし、昨日は私大学の講義入ってない日だったから、将と2人で家にいたのよ」
優子は、少し考え込む仕草をした。
「うーんと…それで大体12時頃だったかな。私がお昼ご飯を将の部屋に持って行ったら、部屋で将が倒れていて…慌てて、将の携帯から救急車を呼んだの」
「…そうですか……」
恭平は、再び紅茶を口にしながら考えていた。
何が、西野の意識を失わせるきっかけとなったのか。
「…あ、すいません。西野の部屋入ってもいいですか……?俺、一冊ノート貸してて…。それに、授業ノートのコピー、置いていってやりたいんです」
「うん、いいよ。場所分かるよね?」
「あ、はい。じゃあ失礼してきますっ」
言うと、恭平はカバンからコピーを取り出し、リビングを出る。
目の前の階段を上ると、少しづつ頭に鈍い痛みがぶり返していた。
西野の部屋は、確か階段を上がってすぐの部屋だ。
恭平は階段を上り終えると、すぐ側のドアのノブに手をかけた。
そして、ノブを押し、引いた。
「っ…!」
恭平は、その場にうずくまった。
先程よりも強い痛みが、頭部に走っていた。
痛みでくらくらとする頭を上げ、部屋の中を見る。
すると、そこにはあの日と同じ、黒い煙がうっすらと漂っていた。
痛む頭を押さえ立ち上がると、恭平は部屋へと入りドアを閉めた。
同時に、黒い煙が恭平を取り巻いてくる。
恭平が手を煙を散らすように振ると、少し距離が開いた。
「えっと…」
恭平は、辺りを見回す。
そして、目に止まった勉強机の元へ向かった。
手にしていたコピーの束の中から、一枚の札の様なものを引き抜くと、恭平はその机の裏に張り付ける。
「よしっ、と」
恭平が机から目線を部屋へと移すと、黒い煙は跡形も無く、消えていた。
と同時に、頭部の痛みも段々と和らいでいくのがわかる。
「すご…」
少し呆然としていると、下から優子の呼ぶ声が響いた。
恭平は慌ててコピーを机の上に置き、適当にノートを拝借すると、静かに部屋を出た。
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