「夢操師の意味…ですか?」


紫水は白い板から目を放し、振り返る。

その顔は意外な質問に、少し嬉しさを覚えているように見えた。恭平が初めて見 た表情だった。



「夢魔が居るから夢操師が居る…という答えでは満足しませんか」

「そもそも、夢魔がよく分かりません。何なんですか、あれ…」

「勉強熱心でなによりです」 また、嬉しそうな顔をした。





金曜日の朝だ。
普段なら登校日であるが、今日は祝日。三日間の連休となっているのだ。


にも関わらず、恭平は勉強をしざるを得なかった。


教師は夢操師、黒宮紫水。
場所は路地に広がる「夢堕つる現の彼方」、夢操師の集いし店「夢幻」。

勉強内容は、「夢操師基礎研修」だ。





告知されたのは今朝、である。


聞いてないと訴えれば、言ってませんから、と雇主は笑顔で返した。

その笑みに見た、夢魔より質の悪い黒々したものを、恭平は忘れないだろう。


やっと見慣れ始めた応接室兼リビングには、その場に似合わないホワイトボードが設置された。その前には小机までもが出されており、とりあえず形だけは授業風景だ。


だが、やはりアンティーク家具に囲まれた空間には、似合わない。


そんな空間の中、恭平は研修一日目を向かえたのである。




「前にも言いましたが、夢魔についてはよく分かっていません。ただはっきりとしていることは『夢を汚すもの』ということだけ。捕らえても、我々には存在を解明する手段が無いのです」


ホワイトボードの前で、教師は答える。

生徒は浮かない顔のままだ。


「正体を解明すれば、自ずと退治の方法も見つかるんじゃあ…」

「恭平くん。私たち『普通の夢操師』は一般人と比べて少し夢魔に対する抗体があるだけです。長くれれば、自らの命が危ない。封じ、然るべき者にゆだねるしかないのですよ」


「然るべき者…」


「それが、君です。『夢環者』は夢魔を『封じる』のではなく『環えす』、つまり夢魔の存在を消去出来る者。…私は、夢魔の解明も夢環者にしか出来ないのではないかと思っています」


無責任な、と恭平は反論する。

無責任ではなく、役立たずなんですよ、と紫水は少し思い込んだような顔で返した。


恭平は改めて自分の存在の貴重さを思い知らされた。


と同時に、重い責務が枷となり身体に絡み付いた気がする。
もう、自分は此処から逃げられないのだろう。


自分で飛び込んでおきながら、そんなことを思ってしまうのである。





「…ってもらいます」

「………え?」


思考を遮るように、紫水の声が耳に入った。


「恭平くん、勉強熱心なのかやる気がないのかはっきりして下さいね。聞いていましたか?」


少し怒っているかもしれない。


「す、すいません!もう一回お願いします…」

「君には、明日から夢環者としての研修合宿に入ってもらいます。夜にでも泊まりの支度をしておいて下さいね」



あぁ、まただ。


次々と示される新たな事柄に、恭平はただ身をゆだねるしかなかった。





***************





恭平が『夢幻』へと居候を始めて、一ヶ月が経とうとしていた。


その間、恭平は変わらず学校へと登校している。
何故か、幸季も止どまっているのが不可思議だが、聞けば恭平のボディーガードを紫水に頼まれたらしい。


だが、この男は絶対自分を守る気は無いと恭平は一人納得している。



前の事件以来、大きな事件は飛び込んで来ていない。

謎の『あの方』や、『使徒』のことは相変わらず不明なままである。


間違いなく、その組織は夢環者である恭平という存在が現れたことに気付いている。
紫水はそう、確信していた。


恭平は名指しで狙われた。
それ以外の原因は皆目見当がつかない。


幸季の存在もそれ故だった。


言うならば、彼らは新芽摘みのつもりだろう。

紫水は、密か恭平の力の未熟さに焦りを感じていた。


何度か、仕事に同伴させたこともあった。


しかし、あの事件の時のような力は出せないという。



「それで荒治療なわけ?」

「はい。明日一日彼をよろしくお願いします、暁緋兄さん」


電話越しに溜め息が聞こえた。


「…断れないよなぁー、紫水の頼みとあっちゃー。それに、そのきょん吉くんにも会いたいし」


「恭平くんです、兄さん」



今度は、こちらが溜め息を隠せなかった。








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