長い廊下を、恭平はせわしない様子で歩いていた。


壁には絵画が点々と掛けられ、その合間を高級感を漂わせる瀬戸物で埋めている。
それは美術館かと思わせる程だった。



しばらくすると、突き当たりが近くなる。

そこにある扉を、亜珠奈は開け放つ。


「暁緋、来てくれたわよ」


広々とした部屋だった。

奥の壁が一面硝子張りの窓となっており、そこから差し込む光が部屋の中を明るく照らしている。


その光に包まれる様にして、一つのソファーがあった。


そこに、人影が見える。


その影に、亜珠奈は歩み寄る。




「…起きろ馬鹿者!!」


怒鳴り声と共に、硬いものを殴る音がした。


「うっ、ぎゃあぁあ!」


ソファーの人影が床に崩れ落ち、頭を押さえながら転げ回る。


恭平はただ慌てるしかない。
紫水が小さく溜め息をつくのが分かった。




「何故寝る!情けな!かっこわる!こっちが恥ずかしいわ!」

「…こんなにも暖かいお天道様の光の中では、つい寝てしまうというものだって…!」

「黙れこのボケナス!」


広い部屋に、亜珠奈の声が響き渡る。


「…亜珠奈さん、そのくらいにしてあげて下さい」

「紫水ぃー!」


床でうごめいていた人影が、勢いよく紫水の背に隠れる。


「亜珠、紫水を見習って冷静になれ!今のお前は怒り狂った闘牛にしか見えないぞ!」

「もういっぺん言ってみろ貴様!!」


亜珠奈が、傍らの机に重ねられた分厚い本を掴み様に投げる。


紫水がそれを軽々と避ける。
それに合わせて、後ろの影も横に飛び退いた。




そして、投げ放たれた本の行き先は自ずと決められる。




「きょ、恭平くん!!」




お決まりが如く、恭平の額には本。



世界が、暗転していった。








***************








幸季は、先日自分が担当した仕事の報告書をまとめていた。

龍之介は、そんな幸季を尻目に台所で漬物を作っていた。


夢幻の世話役となっている龍之介は、家事全般を任されている。

それもけして嫌々ながらではなく、わりと楽しみながらこなしている。どうやら、性に合うらしい。


幸季が書類をまとめ、棚へしまうために立ち上がる。


その時、入口の扉に付いたベルが鳴った。




「たっだいまー」



長い赤紫の髪をなびかせ、黒ずくめの人影が部屋へと入って来る。



「世羅さん…!」

「幸ちゃん、お久ー!」


幸季に歩み寄ると、その勢いで抱き付いた。

はるかに長身なために、幸季の姿が隠される。


「世羅さん、もう帰って来たんですか?」

「何よ、悪い?新入りに夢環者が入ったって言うから飛んで帰って来たの!」


騒々しさに気付き、龍之介が台所から出て来る。

その姿を見ると、今度は龍之介に抱き付く。


「龍、お久ー!…って臭!」

「…ぬか漬け漬けてたし」



慌てて離れると、ソファーに身を埋めた。


「新入りの夢環者は?あ、あと紫水は?」

「二人なら暁緋さんのところです。恭平の研修に」

「えーっ、早く言ってよ!」


不機嫌そうに、頬を膨らませる。


「せっかく『檻師』、五藤世羅ちゃんが新しい『檻』を開発しに帰って来たのに!…変な奴等が出て来たんでしょ?」

「えぇ」


その返事に、世羅は少し考え込むような仕草をした。


「…いいわ、あけぴーのとこ行って来る。どうせ用事あったし」


そう言うと、世羅は勢いよく立ち上がり入口へと向かう。

と、その途中で立ち止まった。


「………龍!ぬか付けたな!!」



スカートの汚れた部分を持ちながら、洗面所へと駆けて行った。








***************








城だった。


目前に開けた道の先には、城がそびえ立っている。


青い空に生える、無垢な白色。




綺麗だと、思った。




囲まれた木々は青々と繁り、時折さえずる鳥の声はよく響いた。

耳をすませば、どこからか水が静かに流れる音も聞こえる。


何ひとつ心をかき乱す汚れ無き、安らぎの地。



そうか。


きっとこの様な場所を、聖地と言うのだろう。





城を囲む城壁。

入口は、目の前に見える門しか無いのだろう。



その門の前に、誰かが立っていた。





見覚えがある。



君は………








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